現地レポート

勝利の女神を振り向かせたリバウンドRSS

2013年01月14日 20時42分

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美術史家のアビ・ヴァールブルグが「神は細部に宿る」と言ったが、その言葉どおり、JBL2位のアイシンシーホースとJBL4位のパナソニックトライアンズの間で行われたオールジャパン男子決勝は、些細なところに明暗を分ける神は棲んでいた。


残り時間1分44秒、アイシンはアウトオブバウンズからのスローインで、ポイントガードの#3 柏木真介が痛恨のキャッチミス。彼の手に触れたボールは、その後コートの外へとこぼれ出ていった。


「言い訳ではなく、本当にあのときは滑ったんです。直前にスクリーンをかけに行ったときに自分の両手に汗がついてしまって、まずいかなとも思ったんだけど、大丈夫だろうと思ってボールを受けに行ったら…」


手をぬぐう時間などなかったかもしれない。だがその些細な判断が、1回分のオフェンス時間を損させてしまった。その時点でビハインドはまだ1点だっただけに、24秒を失ったことは柏木自身としても、チームとしても悔やまれる。


一方のパナソニックは、残り39秒でジャミール・ワトキンスがフリースローを得るが、それを1本しか決めきれなかった。だが落とした2本目をポイントガードの#13 渡邉裕規がリバウンド。それが直接得点に結びついたわけではないが、アイシンとは逆に1回分のオフェンス時間を得している。そのプレイについて、渡邉は言う。


「あれは狙っていました。ウチもアイシンもツーガードで出ていて、(フリースローのあと、アイシンのツーガードのうち)一人はボールを運ぶし、もう一人は走るから、木下(博之)さんに走る選手を守ってもらって、僕は一か八かでしたけど、狙っていこうと。ただリバウンドに飛び込むというより、取れなくてもすぐにディフェンスに戻れるよう、フリースローライン近辺のこぼれ球を奪ってやろうくらいの気持ちでした。そうしたら、ちょうどそこに落ちてきたので…取れてよかったですね」。


さらに渡邉はその約30秒後、残り8秒の場面でもディフェンスリバウンドをチップして、マイボールにしている。それが結果的に柏木のファウルを誘い、そのフリースローを木下が1本決めて、最終スコアとなる。


「その場面は、本当に勝ちたかったので、何かを考えているというよりも本能でした。ただ途中までベンチで試合を見ていたので、コートに入るときは何をすべきか考えてゲームに入らなければいけないなとは思っていました。興奮した試合のなかでも落ち着いたプレイをしなければいけないと思っていたのでよかったです」。


今大会の渡邉は3番手のポイントガードとして試合に出ることが多かった。その理由について、清水 良規ヘッドコーチは「渡邉一人だと彼への負担が大きくなって、どうしてもドリブル、ドリブルとなり、パスの回りが悪くなる。そうなるとチームのオフェンスのリズムが悪くなる」からだと言っていた。その一方で「木下か、平尾(充庸)と一緒に出すと、彼は気持ちよくプレイする」とも。そしてこの重要な場面、ツーガードで渡邉を出していたのは、アイシンが柏木と#0 橋本竜馬のツーガードシステムにしていたからだと明かす。


つまりアイシンがツーガードにしていたことが渡邉の出番を増やし、結果として勝利につながる2つの大きなリバウンドを取ることになるのである。勝負の綾とはそんなものかもしれない。


それでもパナソニックのリバウンダー、#24 広瀬健太がこんなことを言っていた。


「大会を通じて、チーム全体が気持ちを前面に出してプレイしていたので、今日の後半もその気持ちが全員に伝染して、リバウンドなり、ディフェンスなり、気持ちが一番表れるプレイに出ていたんじゃないかなと思います」。


今シーズンでの休部が決まったことにより、チームはどうしても気持ちを出しきれないままリーグ戦を戦っていた。しかし負ければ終わるトーナメント戦のオールジャパンでは、チーム全員が「チームメイトのために勝つ」という気持ちを持って戦っていた。その思いが、それまでベンチで出番を待ち続けていた渡邉の、気迫のリバウンドに乗り移ったともいえる。


「万策尽きたと思うな! 自ら断崖絶壁の縁に立て。そのときはじめて新たなる風は必ず吹く」


パナソニック創始者、松下 幸之助の言葉である。これまで休・廃部を発表したチームがオールジャパンを制した例はない。断崖絶壁の縁に立ったパナソニックに新たな風を吹かせたのは、些細なところまで目を光らせた控えのポイントガードだった。



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