ニュース

「2023年度全国バスケットボールコーチクリニック」開催報告

2023年7月28日

熱いメッセージを伝えてくれたジム・カルフーン氏

簡潔にわかりやすく話してくれたジェフ・カルフーン氏

7月15日(土)と16日(日)の2日間、東京都内にある巣鴨中学校・高等学校の体育館で「2023年度全国バスケットボールコーチクリニック」が開催されました。2016年以降、S級コーチ養成講習会に招聘した海外からのコーチを、全国バスケットボールコーチクリニックにも参加していただく形を取っています。近年はコロナ禍によりオンライン開催になるなどイレギュラーな形もありましたが、昨年度から通常の対面形式に戻っています。

今年度はメイン講師をジム・カルフーン氏が務め、サポート講師としてその実子、ジェフ・カルフーン氏も加わっていただきました。

ジム・カルフーン氏は、NCAA・ディヴィジョンⅠのコネチカット大学で3度の全米優勝を果たしたことのある名将です。NCAA史上、全米優勝を3回以上している大学のコーチは6名しかおらず、ジム氏は2005年にバスケットボールの殿堂入りも果たしています。

しかしそのキャリアは決して順風満帆なものではありません。高校のコーチからキャリアをスタートさせ、ディヴィジョンⅡの大学を経由して、コネチカット大学のヘッドコーチに就任した1年目はわずか9勝しかできなかったと言います。その後の26年間で全米優勝を3回果たすわけですが、躍進の土台となったのが、今回のコーチクリニックで主に紹介する「コネチカット大学のファストブレイクシステム」です。

冒頭、ジム氏は参加してくださったコーチたちにこう語りかけました。

「50年以上コーチをしてきて、大事にしてきたことがあります。コーチにとって一番大事なのは選手です。選手がゲームをプレーするのですから、選手以上に大事なものはありません。コネチカット大学で4年間プレーした選手が35人、NBAでプレーしました。この数字は多いものです。それはまた選手たちが(大学生活を通して)どれだけ成長したかを示す証明でもあります」

そしてこう続けます。

「今回のクリニックでみなさんに理解してもらいたいことは、私がどのようなことをしてきたかというコンセプトです。あなたがたがこんなバスケットをしたいと思っても、バスケットの勝ち方はたくさんあります。あなたがたの選手が本当にうまくできることは限られています。すべてを教えたい気持ちもあるでしょうが、選手がうまくできることを選んで教えてください。私がこれまで1400試合を指揮してきたなかで厳選したもの、それがコネチカット大学のファストブレイクです」

デモンストレーターを務めてくださったのは東海大学男子バスケットボール部の選手たちです。そこでまず始めたのはハーフコートの、いわゆるレイアップシュートです。基本中の基本といっても練習ですが、選手たちに要求したのはレイアップシュートに入っていく角度(45度)や、フィニッシュのときのジャンプは「ロングジャンプ(前に飛ぶようなジャンプ)ではなく、ハイジャンプ(上方向に高く飛ぶジャンプ)で」という明確な基準でした。

その後も、パスを受けて、ドリブルを突き出すタイミングでのステップ(トラベリングへの注意)や、ディフェンスをしっかり「引っ張っておいて」からのバックカットなど、ファンダメンタルを細部まで追求していました。またリバウンドを取った選手が何気なく突いた1つのドリブルについても、ジム氏はそれが必要かどうかについて言及。事あるたびに「(コーチがチェックすべきは)ディテール(細部)、ディテール、ディテール」と強調し、シンプルなプレーであっても細部への追求が欠かせないことを参加者に伝えていました。

その後のフルコートをアウトナンバーで攻めるドリルでは、「ディフェンスに難しいシチュエーションを作る」スペーシングの重要性を示したり、「Be quick, but don’t hurry!(速くやるけど、焦るな!)」というジョン・ウッデンコーチ(UCLAを強豪に育て上げた名将)の言葉を引用しながら、コネチカット大のファストブレイクのシステムを紹介していきました。

2日目のクリニックではまず「Z世代のプレーヤーとのコミュニケーション」と題した講義から始まります。ジム氏は現在81歳。現役は退いてはいるものの、2023年のNCAAトーナメントにもコネチカット大学に帯同し、全米制覇に貢献しています。そんな彼が、10代後半から20代前半の、いわゆる「Z世代」と呼ばれる若者たちに、どのように接していくのかを講義していきました。

「バスケットは変わってきています。子どもたちも変わってきています。バスケットに関するさまざまなスタイルも、時間も変わってきています」

ジム氏も時代の変化をはっきりと認識し、そのうえでこう続けました。

「ただスタンダードだけは絶対に変えてはいけません。選手たちがどれぐらいハードにプレーしなければいけないのか。コーチたちがどれだけ情熱的に競技に取り組まなければいけないのか。そこから得る楽しみ。人を育てるということへの喜びと快感。それを私たちが愛するバスケットボールという競技を通しておこなえることへの感謝。それらは選手たちにとって、永遠に残るそのレッスンになるのです」

時代の変化に即しながら、しかしスタンダードは変えずに、責任を持って人を育てることが、どの時代にも重要だというわけです。

30分ほどの講義ののち、その後の約1時間は参加者からの質問を受け付ける形で進めていきました。15分の休憩をはさみ、再び始まったクリニックでは、前日からの流れでセカンダリーブレイクのコンセプトを紹介。その後、「ディフェンシブ・ファンダメンタル」と題したクリニックへと進みます。

ディフェンスのクリニックでは、ボールにかざした手をボールの動きに合わせる「トレースドリル」や、「スライド・スプリント・スライド」、「シェルディフェンス」といった基本的なドリルを紹介。参加者の多くも知っているであろうドリルでしたが、「ディフェンスのファンダメンタルの重要性をわかっていない選手が多い」とジム氏は指摘。「スライド・スプリント・スライド」の「スプリント」では「オフェンスについていくのではなく、先回りをして、オフェンスの行きたいところを消しに行くことが大事」だと言います。「シェルディフェンス」でも「スタントできて、自分のマークマンに戻れるポジション取りをしなさい」と、ファンダメンタルだからこそ細部にまでこだわることが重要だと、改めて参加者たちに伝えていました。

2日間のクリニックを終え、ジム氏は参加者や関係者に向けて感謝を述べつつ、最後にこう話します。

「少しでもみなさんのお役に立ちたいと思って、今回のクリニックを行いました。ただ、どうすれば勝てるのかという魔法を伝えたかったわけではありません。みなさんには、バスケットボールという素晴らしい競技を通して、選手たちに我慢強さや愛情を還元してほしいと。何歳の選手を教えようとも、私たちは人間を相手にしています。その人の人生に影響を与えていることを覚えておいてほしい。選手がバッドショット(悪いシュート)を打つとコーチはつい反応してしまうものですが、若い世代に何を共有していくかがコーチングでは大事です。大切なことは、自分が大事にしていることを、いかに大事にするかです」

81歳という年齢だけでなく、1月に足の手術をし、日常では杖を突いて歩いているジム氏。しかしコーチングの最中は杖を突くことはほぼなく、自らの見識や経験を、ジェフ氏とともに、参加者やデモンストレーターの選手たちに惜しげもなく伝えていました。そこには彼がバスケットボールに抱く愛情がしっかりと込められていて、参加者、デモンストレーター、関係者にとっても、非常に有意義な2日間を過ごすことができていました。